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福岡高等裁判所 昭和44年(ネ)527号 判決

控訴人 共栄塗装株式会社

右代表者代表取締役 松尾勝一

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 山中伊佐男

被控訴人 八百山邦宏

右訴訟代理人弁護士 古賀野茂見

主文

一、原判決主文第一項を次のとおり変更する。

(一)  控訴人らは、被控訴人に対し、連帯して金七六八万四、七〇一円およびこれに対する昭和四三年一月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二、第一審における訴訟費用はこれを五分しその二を被控訴人の、その余を控訴人らの各負担とし、控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決中、控訴人ら勝訴の部分をのぞき、これを取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決二枚目裏三行目に「脊随損傷」とあるのを「脊髄損傷」に改め、同三枚目表八行目から九行目にかけて「両名の使用者として」とあるのを「松尾勝一関係で民法四四条に基づき、被告永田健市関係で」に改め、同四枚目表七行目「労災補償」の次に「(休業補償費)」を加え、同行目「給付」とあるのを「保険給付」と改める。

二  控訴人ら代理人は、更に次のとおり陳述した。

(一)  原判決は、本件逸失利益による損害について、まずその総額を八二〇万七、七九三円とし、その一〇分の三を過失相殺して五七四万五、四七七円とし、被控訴人が受給した労働者災害補償保険法に基づく休業補償費は、毎月平均約二万円を一生涯にわたって給付されるものであるところ、本件事故発生日(昭和四一年四月六日)を基準とする被控訴人の余命年数は、昭和四二年簡易生命表によれば、四九年余であるから、法定利率年五分の割合による中間利息を控除したホフマン式計算によれば、その一時払額は三四〇万八、〇四八円となる。よって、右金額を原判決算定の前記五七四万五、四七七円から差引くとその残額は二三三万七、四二五円となる。この点、原判決が七七万円のみを差引いたのは妥当でない。

(二)  もともと、被控訴人の受傷については、控訴人らとしては責任を問わるべきではないと信ずる。本件事故の場所は控訴人らのみの作業場で、他人の侵入を許さずまた侵入を予測しえざる場所であるのに、控訴人らが危険な作業をしている真最中、何の関係もない被控訴人が危険の場所に無防備のまま、安全帽もかぶらず、トラックから飛び降りると同時に、本件事故に遭ったものであり、控訴人らとしては全く予期しえざるところであり、被控訴人の受傷は被控訴人の一方的過失によるものといわざるをえない。しかし敢えて控訴人らに過失の責を負わしめるとしても、その割合は控訴人らとしては、五分の一以下の責任にとどまるべきものと信ずる。したがって、慰藉料額も原判決の認定する三〇〇万円は余りにも過当と考える。

三  被控訴代理人は、次のとおり陳述した。

(一)  被控訴人は労働者災害補償保険法に基づき休業補償費として、昭和四一年四月七日分から昭和四二年一二月三一日分までの合計四三万一、三三一円、昭和四三年一月一日分から昭和四四年五月三一日分までの合計三四万八、三八二円(以上合計七七万九、七一三円は原審ですでに主張した分)、昭和四四年六月一日分から昭和四五年五月三一日分までの合計二四万〇、六〇二円(三一日の月は月額二万〇、五三一円、三〇日の月は月額一万九、九〇八円、二八日の月は月額一万七、二五三円の割合による。)のほか、爾後昭和四五年六月分(一万九、九〇八円)、同年七月分(二万〇、五三一円)を受領した。

(二)  本件逸失利益による損害の算定にあたり被控訴人終生の労災保険給付額を控除すべき旨の控訴人らの主張は争う。すなわち、被控訴人が本訴において、休業補償保険給付金を本件損害額から控除したのは、これにより被控訴人の損害が現実に填補されたためであり他面、政府が加害者たる第三者に求償権を取得するのは保険金を現実に給付した場合に限られ(労働者災害補償保険法二〇条一項)、また現実に労災保険金が給付されていない間は、被控訴人の損害は現実に填補されていないのであるから、被控訴人はなお控訴人らに対し損害賠償請求権を行使することができるというべきである。

四  証拠≪省略≫

理由

一  当裁判所は、被控訴人の本訴請求中、控訴人らに対し金七六八万四、七〇一円およびこれに対する昭和四三年一月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員の連帯支払を求める部分は正当として認容すべきもその余は失当として棄却すべきであると判断する。その理由は、次に訂正、付加するほか原判決理由中の説示(ただし原判決六枚目表四行目冒頭から同一二枚目表五行目末尾まで)と同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決八枚目表三行目「被告会社の」以下同八行目末尾までを次のように改める。

「被告会社の代表機関である被告松尾勝一および同会社の被用者である被告永田健市が、被告会社の事業である右訴外会社の下請作業(サンドブラスト工事に伴う廃砂処理作業)の執行中に惹起せしめたものであることが認められるから、被告会社の免責について特段の主張および立証のない本件においては、被告会社は、被告松尾との関係において民法四四条、被告永田との関係において民法七一五条に基づき、本件事故により原告がこうむった後記損害を賠償すべき義務がある。」

(二)  原判決一一枚目表六行目「原告が」以下同九行目末尾までを次のように改める。

「原告が、労働者災害補償保険法に基づき、昭和四一年四月七日分から昭和四五年七月三一日分までの休業補償費として合計金一〇六万〇、七五四円の保険給付を受けたことは、被控訴人において自認するところであるから、前記損害額からこれを控除すると、残額は金四六八万四、七〇一円となる。」

(三)  控訴人らの当審における追加主張中、本件事故における被控訴人および控訴人松尾勝一、同永田健市の過失の有無およびその割合ならびに慰藉料額に関する点についての認定および判断は、当審が引用する原判決理由一、三(一)2、三(二)の説示に尽されており、≪証拠省略≫は右認定および判断に副うものであり、本件全立証によってもこれを左右するに足る証拠はない。なお、当審における被控訴本人の供述によると、被控訴人は現在もなお入院療養を続けているが、本件受傷後の症状は好転せず、脊髄損傷による下半身の麻痺無感覚の症状が続き、両足はほとんど骨と皮ばかりに細くなってその用をなさず、大小便の感覚も全くない状態であり、その他腰痛、床ずれ等の心配になやまされているが、右症状は一応固定化し他に治療方法がないので治癒の判定を受けることが予測されるが、さりとてこのままの状態では家庭に帰っても生活ができないところから、長崎労働基準監督署係官のすすめもあり、広島県労働福祉事業団労災リハビリテーション広島作業所に入所し療養のかたわら手先でできる仕事を身につけたいとは考えているが、具体的な見とおしや自信もあるわけではなく不安な状態にあることが認められ、これに反する証拠はないが、右事実によると被控訴人は本件受傷後現在に至るもなお少なからざる肉体的精神的苦痛を味っていることを推認するにかたくない。当審引用の慰藉料算定に関する原判決の認定および判断に右事実をも斟酌すれば、原審認定の慰藉料金三〇〇万円は決して過当とはいえない。

(四)  控訴人らは、被控訴人は労働者災害補償保険法に基づく休業補償費として毎月平均約二万円を一生涯にわたって給付されることになっているから、本件事故発生日(昭和四一年四月六日)を基準とする被控訴人の平均余命年数四九年間の給付額を、年五分の法定利率にしたがってホフマン式計算法により現在一時に支払いを受ける場合の金額に引き直すと金三四〇万八、〇四八円となり、右金額は本件逸失利益による損害額から控除されるのが妥当である旨主張する。

ところで、労働者災害補償保険法二〇条によれば、同条は、労働者が保険関係外の第三者の不法行為によって業務災害をこうむった場合、政府が同法に基づいて保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、政府は保険受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権を代位取得し、また保険受給権者が第三者から同一事由につき損害賠償を受けたときは、政府はその限度で補償義務を免れる旨を規定し、業務災害が第三者の不法行為によって生じた場合、その第三者の民法上の損害賠償責任と労働者災害補償保険法上の政府の労災補償責任とは相互補完の関係にあり、したがって同一事由による損害の二重填補を排除するものである趣旨を明らかにしている。右規定の趣旨にしたがえば、保険受給権者が政府から保険給付を受ければ加害者たる第三者に対する損害賠償請求権はその限度において当然国に移転するから、その後においては保険受給権者は加害者に対しもはや右移転した損害賠償請求権を行使するに由ないものであるが更に同条が明示する相互補完と二重填補排除の趣旨にかんがみれば、国が加害者に対する損害賠償請求権を代位取得するのは現実に保険金を給付して被労災労働者に対する損害の填補をなした時に限られると解するのが相当である。そうだとすれば、たとえ将来にわたり継続して定期的に定額の休業補償費が給付されることが確定していても、それは単なる期待権の域を出るものではなく、いまだ被災労働者の損害を填補すべき現実の保険金給付とみなすことはできないから、これにより国が損害賠償請求権を代位取得し、右保険受給権者の加害者に対する損害賠償請求権が消滅するものではなく、したがって将来の給付額を損害額から控除すべき根拠はないものというべきである。以上と異なる控訴人らの右主張は失当である。

二  されば、被控訴人の本訴請求中、控訴人らに対し前記逸失利益による損害額金四六八万四、七〇一円と慰藉料金三〇〇万円の合計金七六八万四、七〇一円およびこれに対する本件不法行為後の昭和四三年一月二四日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める部分は正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。よって右判断と一部趣旨を異にする原判決を変更することとし、民訴法九六条、八九条、九二条、を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中池利男 裁判官 松村利智 白川芳澄)

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